大判例

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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)444号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決をつぎのとおり変更する。被控訴人らは各自控訴人に対して一四一万四、二五〇円およびこれに対する被控訴人株式会社山口工務店は昭和四七年五月二八日から、被控訴人川出義郎、同川出賢一は同年同月三〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに立証は、控訴人において「控訴人所有自動車(以下控訴人車という。)を運転していた訴外石川春美は対向して来る被控訴人川出賢一運転の自動車(以下被控訴人車という。)が先行車を追越し中であることは予め目撃していたけれども、相当の距離があつたので、控訴人車と離合するときは安全に追越しが完了するものと予測していたところ、運転技術が未熟な上、降雨中下り勾配の道路を時速七〇キロメートルの高速で追越しを始めた被控訴人川出賢一が、追越しを終つて自車練に戻るのに左に急ハンドルを切つたため、一旦は自車線に戻り始めた被控訴人車は、控訴人車との距離が五二・八メートルに縮まつた地点でハンドルをとられ、突然控訴人車の進路上に進出して来たので、訴外石川は直ちに急ブレーキをかけたものの及ばず、被控訴人車と衝突したものである。また事故現場の車道の幅員は片側三・五メートルで、幅員一・五メートルの路側帯があつた(但しその外側の〇・五メートルは有蓋側溝で通行不可能であつた。)ので、控訴人車としては道路の左側部分に避譲することも物理的には不可能ではなかつたが、しかし被控訴人車が異常な走行を始めたのが前記のように接近してからであつたのであるから、衝突を避けるため、同訴外人にブレーキを踏むことの外ハンドルを左に切ることまで要求するのは時間的に不可能を強いるものである。結局訴外石川には過失相殺の原因となるような過失はなかつた。」と主張し、

立証として、控訴人において甲第三九号証、第四〇号証の一ないし四、第四一ないし四三号証を提出し、当審証人大池秀彦の証言を援用し、被控訴人川出両名において被控訴会社代表者の尋問の結果を援用し、被控訴人全員において前記甲号各証の成立(ただし甲第四三号証は原本の存在とも)を認めた外は原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一  控訴人主張の日時・場所において交通事故が発生し、控訴人主張のような死傷者のでたことは当事者間に争いがない。

二  控訴人と被控訴会社関係で成立に争いがなく、その余の被控訴人関係では弁論の全趣旨から成立の認められる甲第七号証、第一〇、第一一号証、第二八号証、第三〇ないし三二号証、第三五号証、第三七号証を総合するとつぎの事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は国道二〇一号線で、車道の幅員約七メートル、その外側に幅員約一・五メートル(ただし外側の約五〇センチメートルは有蓋側溝である。)の路側帯のあるアスフアルト舗装の直線道路であり、田川市方面から行橋市方面に向けゆるやかな下り勾配になつており、速度制限はないこと、本件事故当時かなりの降雨があつて路面が湿潤していたこと、被控訴人賢一は被控訴人車(普通貨物自動車)を運転し、右道路を田川市方面から行橋市方面に向け進行中、仲哀トンネルを抜けてから、先行車を追越すため時速約七〇キロメートルに加速して対向車線上に出たころ、控訴人車(普通乗用自動車)が対向して来るのを認めたが、相当の距離があるため、離合する前に充分追越しを完了できるものと判断して前記速度のまま対向車線上を進行して追越しを続行し、前記先行車より約三一・五メートル前方に出た地点でハンドルを左に切つて(そのときの控訴人車との距離は約一〇〇・三メートルであつた。)自車線である左側車線に入りかけたが、その際かなり急ハンドルを切つたため、約二一・五メートル進行したころ(そのときの控訴人車との距離は五二・八メートルであつた。)ハンドルをとられて、運転の自由を失い、被控訴人車はわずかに右斜めに向つて滑走を始めたので、被控訴人賢一は驚き急ブレーキを踏んだものの及ばず、約二四・二メートル進行した地点でセンターラインを越えていた自車右前部が対向して来た控訴人車の右前部と激突したこと、

(二)  控訴人車は行橋市方面から田川市方面に向け時速約七一キロメートルで右道路左側部分センターライン寄りを進行していたところ、訴外石川は被控訴人車がセンターラインを超えて滑走して来るのを認めて危険を感じたが、急ブレーキをかけたのみで、ハンドルを左に切らなかつたため、衝突時時速は五二キロメートルまで落ちていたが、自車右側から路側帯左端部までは有蓋側溝部分を除いてもまた約二・五メートルの余裕があつたこと、

(三)  被控訴人賢一は昭和四六年四月普通免許を取得したが、自動車は所有しておらず、休日を利用して時々レンタカーを運転してドライヴを楽しんでいた程度であつて、当日も知人から家具の運搬を依頼されて馴れない被控訴人車を始めて運転中であつたこと、

以上認定に照らせば、被控訴人賢一は必らずしも自動車の運転に習熟していたということはできず、しかも始めて普通貨物自動車である被控訴人車を運転していたものであるうえ、雨中下り勾配の道路上を進行していたものであつたから、高速運転は危険であるのに、あえて時速七〇キロメートルの高速で追越しを開始し、自車線に戻るため右速度のまま左に急ハンドルを切つたためハンドルを取られ、センターラインを越えて被控訴人車を滑走させた過失があつたことは明らかであるから、同被控訴人は民法第七〇九条により、右事故によつて蒙つた控訴人の損害を賠償すべき責任がある。

三  被控訴人川出義雄ならびに被控訴会社の責任についての当裁判所の判断はこの点に関する原判決の説示と同一であるから右部分(原判決九丁表二行目から九丁裏一二行目まで)を引用する。

四  控訴人の車両破損による損害について、

前掲甲第七号証、第一〇号証、第三七号証、弁論の全越旨から成立の認められる甲第一三号証、原審証人林大三郎の証言から成立の認められる甲第二、第三号証に同証人の証言および当審証人大池秀彦の証言を総合すると、控訴人車は控訴人が昭和四六年一二月二五日六六万一、〇〇〇円で新車で購入し、一日に少なくとも二五〇キロメートル走行して二〇日間使用したのみであつたが、本件事故のため修理不能の程度に大破したことが認められるので、控訴人の本件事故による車両損害は事故当時における被控訴人車の価格ということになるが、新車は登録と同時に市場価格が少なくとも五パーセント下落することは公知の事実であり、また右二〇日間の使用による価格の下落を併せ考えると、事故当時の価格は五六万一、〇〇〇円を超えるものではなかつたものと認めるのが相当である。

五  控訴人の受けた損害中、車両の付属品の破損による損害、休車損害、控訴人車の牽引費用、消防団に対する謝礼による損害についての当裁判所の判断は原判決の説示と同一であるから右部分(原判決一〇丁裏一行目から一二丁表二行目まで)を引用する。

六  過失相殺について、

さきの認定によると、本件衝突時、控訴人車の左側から道路左端まで有蓋測溝部分を除いても約二・五メートルの余裕があり、被控訴人車はハンドルをとられ右斜めに滑走を始めセンターラインを越えたものの、急角度で控訴人車の進行車線に進入して来たわけではない(二四・二メートル進行する間に自車線に入りかけていた被控訴人車の車体の全部がセンターラインを越えた程度であつた。)のであるから、訴外石川において被控訴人車が右異常な走行を始めたことを早期に発見し、徐行しながらハンドルを左に切つて道路左端部を走行していれば避けることのできた衝突事故であつたものと認めるのが相当である。

ところで、本件の場合、訴外石川が被控訴人車の異常走行を認めたときには、すでに被控訴人車との距離が五二・八メートルに近付いていたのであるから、双方の速度(控訴人車の時速七一キロメートル、被控訴人車の時速七〇キロメートル)から推して、同訴外人としては本件の場合のように急ブレーキをふむのが限度で、ハンドルを左に切つて避譲する時間的余裕のなかつたものということのできることは控訴人主張のとおりである。

しかしながら、被控訴人車が異常な走行を始めたとき控訴人車が右のようにこれに接近していたのは、控訴人車が法定速度を越える高速で進行していたためであつて、被控訴人車が降雨中下り勾配の道路で危険な追越しをかけているのを認めた段階で法定速度に減速していれば、更に手前で被控訴人車が異常な走行を始めたのを認めることができ、更に減速の上ハンドルを左に切つて道路左端部に避譲することは充分できたものといわざるを得ず、その措置に出なかつたのは同訴外人の過失として二〇パーセントの過失相殺はやむを得ないものというべきである。

七  そうすると、前記損害額合計一一一万四、六三〇円につき過失相殺すると八九万一、七〇四円となり、被控訴人川出義雄、同賢一は各自控訴人に対して右金員およびこれに対する訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和四七年五月三〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、同被控訴人らに対する請求は右の限度において認容し、その余および被控訴人株式会社山口工務店に対する請求を棄却すべきところ、原判決は被控訴人川出義雑、同賢一に対する請求につき右以上の額を認容しているが、同被控訴人らにおいて控訴又は附帯控訴の方法で不服を申立てていないので、原判決を控訴人に不利益に変更することはできず、結局原判決は相当であるというに帰し、本件控訴は何れも理由がないからこれを棄却すべく、民訴法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利智 諸江田鶴雄 森林稔)

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